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骨上げのときのマナーを知ろう

骨上げの時のマナーを知ろう

火葬をしたあと遺骨を拾って骨壷に入れることを骨上げ(こつあげ:骨揚げとも)といいます。

このページでは骨上げをするときのマナーや気をつけた方がよいことなどを紹介しています。

火葬されたあとは故人の生前の姿は見る影もなく、大きな決別のときでもあります。
心に余裕が無くなるかもしれませんが、手順やマナーを踏まえて、しっかり儀式の中における自分の役割をこなすことで、故人へのけじめをつけることができ、心に区切りを付けることもできるでしょう。

骨上げを行うときのマナーと気をつけたいこと

骨上げの儀式に至るまでの火葬場での大まかな流れ

まず、火葬前の段階から流れを追いましょう。

火葬場に着いたら、かまどの前にお棺を安置し、その場の全員で合掌して故人の冥福を祈ります。
かつては位牌や花を祭壇に供えて僧侶が読経をするのが原則とされていましたが、現在では省略されている場合もあるようです。
この納めの儀式のあと、お棺はかまどのなかへ入れられ火葬がはじまります。
その間、遺族は控え室で待機することになります。

火葬が終わると控え室で待機していた遺族は、骨上げ台が置かれた拾骨室と呼ばれる部屋に呼び出されます。
火葬後に遺骨となった故人との対面は関係が深いほどショックが強く、火葬中は落ち着いていた悲しみが再び押し寄せることも少なくありません。
しかし、取り乱さないように気をしっかり保っていたいものです。

そして、いよいよ骨上げをすることになります。

骨上げのときに気をつけたいことやマナー

骨上げの基本的な決まりごととしては、ふたり一組となって行います。
また竹製などの長い箸を用いて遺骨を拾い、骨壷に納めます。
この際、喪主から行うのが一般的です。

ふたり一組で骨を箸ではさんで拾うことを「箸渡し」と呼びます。
故人の死を共に悲しむ、この世とあの世の橋渡しを意味するなどといわれています。

食事の際に箸同士で食べ物をやりとりする「二人箸」が忌むべき行為とされている理由は、骨上げの時のこのしきたりにあります。

骨を拾う順番は、一般的に足から腕、腰、背、肋骨、歯、頭骨と下の方からとなっています。
最後に“のどぼとけ”と呼ばれる(実際は頚椎、首の骨)を拾いますが、“のどぼとけ”を拾うのは故人ともっとも縁の深い人の役目といわれています。
ちなみに”のどぼとけ”を最後にし、かつ特別扱いするのは、その形状が仏様が座って合掌しているように見えるためだとされています。

こうした細々した決まりごとには地域差があるようですが、その場にいる火葬場の職員がその都度ガイドしてくれるはずです。
あまり手順などを心配する必要はありません。

また骨上げが終わると、職員が骨壷を白木の箱に入れ、白布で包んでくれます。
あとは骨壷を持って帰宅することになります。

この時、一般的に骨壷を持つのは喪主の役目とされていますが、喪主が高齢だったりした場合は、骨壷を持つのはなるべく力のある人が良いでしょう。
石材製の大きいものだとそれなりの重さになります。

骨上げはもう故人がこの世にいないことを強く再認識させられる時間ですが、こうした儀礼を通じて、故人との別れの辛さが克服されるともいわれています。
故人の死に向き合って骨上げを行いましょう。

火葬全般に関する雑学

火葬を行う際に注意しておきたいこと

骨上げは火葬後に遺骨を拾い集めて骨壷に収める儀式です。
ですから、火葬に関する全般的な知識から押さえておくとよいかもしれません。

火葬に際して重要なのは、自治体が発行する火葬許可証です。
これを火葬場に提出しなければ火葬をすることができません。

火葬許可証を得るには、火葬許可申請書という書類を役所に提出する必要があります。
これは死亡届けを提出する際に、同時に提出することになります。
こういった役所との手続きを代行してくれる葬儀社は多いようですから、このあたりのことは葬儀社に任せる場合がほとんどかもしれません。

なお、火葬後は通称『埋葬許可証』という書類が火葬場から発行されます。
これは火葬許可証に火葬を終えたことを記したものとなり、正確には火葬許可証のことです。

遺骨の納め先が菩提寺のお墓にせよ霊園のお墓にせよ、遺骨を埋蔵(まいぞう)する際には住職や霊園の管理者へ、この埋葬許可証と通称される書類の提出が求められます。

ちなみに埋葬許可証の埋葬は、本来、土葬のことを指していて、火葬許可証とは別物になります。
しかし、土葬はほとんど行われておらず、火葬場から返却された火葬許可証を埋葬許可証と呼ぶことが一般化しています。
日本の法律上、土葬は禁止されていませんが、クリアすべきハードルが非常に高く、ごく稀な事例です。
そのため、こうした用語の混乱が起きているといわれています。

日本の埋葬法の変遷

日本の埋葬法の変遷
土葬の話が出ましたが、日本では仏教伝来以降、火葬が導入されたものの、火葬だけでなくその他の葬り方が混在してきました。

たとえば、土葬だけでなく風葬とでもいうべき、遺体を河原や路地に放置する風習も奈良時代から平安時代にかけてありました。
このような風習が否定されずに長く続いた理由として、貧困から土葬や火葬ができなかったり、葬儀を出す身寄りがいなかったというものが考えられます。
仏教の説話にある捨身飼虎(しゃしんしこ)のように、死体を動物に施すのを功徳とする考えの影響もあるといわれています。

平安時代は貴族や高僧のような上流階級でないと火葬が難しかったようですが、鎌倉時代以降、火葬を行える層が広がっていったといわれています。
ただ、それでも経済格差から火葬と土葬は混在し続け、江戸の市中では墓地の面積が狭いにも関わらず、火葬より土葬のケースが多かったといいます。
現在のように火葬が一般化したのは戦後のことです。

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